~トラブルを防ぐための法的知識と実務ポイント~
企業において、従業員との間で取り交わす「労働契約書」は、単なる書類ではありません。労働契約法や労働基準法といった法令を踏まえた上で、労使間の信頼関係を構築し、将来的なトラブルを未然に防止するための重要な法的文書です。
この記事では、社会保険労務士の視点から、労働契約書の法的意義、作成の根拠となる法令、そして実務において留意すべきポイントについて詳しく解説します。
1. 労働契約とは? その基本的な位置づけ
1-1 労働契約の定義
労働契約とは、労働者が労務を提供し、使用者が賃金を支払うことを約束する契約を指します(民法第623条および労働契約法第6条)。
この契約関係を文書化したものが「労働契約書」であり、両者の権利義務関係を明確にすることで、誤解や紛争を未然に防ぐ役割を果たします。
2. 労働契約書の法的根拠と作成義務
2-1 労働契約書の作成は義務なのか?
実は、「労働契約書」の作成自体は、法律上必ずしも義務とはされていません。しかし、労働基準法第15条に基づき、雇用時には「労働条件の明示」が義務付けられており、これを書面で交付する必要があります。
労働基準法第15条第1項
使用者は、労働契約の締結に際し、賃金・労働時間・就業場所などの労働条件を明示しなければならない。
つまり、法律上の「労働条件通知書」を交付すれば要件は満たされますが、これに加えて労働契約書を取り交わして署名押印を得ておくことが、より望ましい実務対応といえます。
3. 労働契約法を踏まえた契約書作成の意義
3-1 労働契約法とは?
「労働契約法」は、2008年に施行された比較的新しい法律で、労働契約に関する基本的ルールを明文化したものです。
この法律により、企業と労働者が対等な立場で契約を結ぶことの重要性が強調され、合理的な労働条件の設定や変更に一定の制約が設けられています。
3-2 明文化の必要性とリスク回避
労働契約法第4条第2項では、労働契約の内容について、できる限り書面により明示することが努力義務とされています。書面化されていない契約内容は、後にトラブルが生じた際に「言った・言わない」の水掛け論になりやすく、企業にとって大きなリスクとなります。
4. 労働契約書と労働条件通知書の違いとは?
項目 | 労働契約書 | 労働条件通知書 |
---|---|---|
目的 | 双方の合意を証明するため | 使用者の説明責任を果たすため |
法的根拠 | 労働契約法(努力義務) | 労働基準法第15条(義務) |
書面の形式 | 双方の署名・押印あり | 使用者からの一方的通知 |
効果 | 労使間で契約内容を合意 | 説明責任を果たすのみ |
実務上は両方を整備することが理想的です。契約書で合意を取りつつ、通知書で法的義務を果たすことで、万全な労務管理体制を築けます。
5. 労働契約書に記載すべき基本項目
以下は、労働契約書に記載すべき主な内容です。
- 労働契約の期間(有期・無期)
- 就業場所および業務内容
- 始業・終業時刻、休憩時間、休日・休暇
- 賃金(基本給、手当、支払方法など)
- 退職・解雇に関する事項
- 試用期間の有無とその期間
- 有期契約の場合の更新の有無や判断基準
これらの内容は労働基準法施行規則第5条でも列挙されています。
6. トラブル事例と法的リスク
6-1 曖昧な記載によるトラブル例
例1:残業代の支払トラブル
「みなし残業制度」を導入している企業が、その旨を明記していなかったため、未払い残業代を請求される事案が多発しています。
例2:業務内容変更をめぐるトラブル
「その他会社が命ずる業務」という文言のみで職種変更を行ったところ、合理性が否定され無効とされた裁判例もあります。
6-2 裁判で問われるのは「合理性」と「合意の有無」
労働契約法第8条~第10条では、就業規則の変更や不利益変更について「労働者の同意」または「合理性」が要件となっており、契約書が曖昧だと、企業側が不利に扱われるケースもあります。
7. 社労士が支援できること
社会保険労務士は、労働契約書の作成・整備・運用において、以下のような支援を行います。
- 法令を踏まえた雛形の作成とカスタマイズ
- 労働条件通知書と連動した整備
- 労働契約の不利益変更時の対応助言
- 労働トラブル対応の事前予防策
- 労働者との個別交渉時の助言
専門家の関与は、法的リスクを大幅に軽減し、企業の信頼性向上にもつながります。
8. まとめ|契約書整備は「企業の備え」
労働契約書は、単なる形式ではなく、企業と従業員の信頼関係を構築し、法的トラブルから守る盾の役割を果たします。労働契約法や労働基準法の観点から、契約書を適切に整備し運用することは、企業にとって不可欠な「労務リスクマネジメント」です。
特に、中小企業では整備が遅れているケースも少なくなく、法改正や判例の動向に対応するには、社会保険労務士のサポートが不可欠です。契約書の見直し・整備について、ご相談があれば当事務所までお気軽にご連絡ください。
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