給与と賞与の一本化~賞与廃止に至る企業の論理とは?

―変化する人事制度と働き方に対応する賃金設計の最前線―

近年、「給与と賞与の一本化」に踏み切る企業が増加傾向にあります。従来の日本型雇用では、賞与(ボーナス)は社員への「成果報酬」として半期または年1回支給されるのが一般的でした。しかし、経済環境の変化、ジョブ型雇用の浸透、そして人件費管理の見直しにより、賞与を廃止して給与に一本化するという企業の動きが注目されています。

本記事では、「賞与の廃止に至る企業の論理」「給与と賞与の一本化による影響」「社会保険・労働法制上の注意点」などについて、社会保険労務士の視点から詳しく解説いたします。

1. 給与と賞与の一本化とは?

給与と賞与の一本化とは、これまで年2回などで支給していた「賞与(特別手当)」を廃止し、その分を毎月の給与に組み込む制度変更を指します。簡単にいえば、「ボーナスをやめて月給を上げる」仕組みです。

■ 一本化の具体例

現行制度一本化後
月給:25万円 + 年2回の賞与:50万円月給:29万円(賞与を含む形で)

これにより、年収としては変わらずとも、支給方法や税・社会保険の扱いが変化することになります。

2. なぜ企業は賞与を廃止し、一本化を進めるのか?

賞与の一本化には、企業側にとって複数の“合理的理由”が存在します。

(1)固定的な人件費管理が可能になる

賞与は原則として業績連動型ですが、実際には「慣例的に支給される」企業も多く、実質的には固定費化しています。これを給与に一本化することで、毎月の人件費を把握しやすくなり、キャッシュフロー管理が容易になります。

(2)成果主義への対応

ジョブ型雇用や成果主義の導入が進む中で、「賞与という名の一律支給」が形骸化しつつあります。これに代わり、月給に報酬を含めたうえで、より明確な評価制度に基づいたインセンティブ制度を導入しようとする企業が増えています。

(3)雇用の柔軟化と再設計

テレワークや副業・兼業の推進により、従業員の働き方も多様化しています。このなかで、柔軟な報酬設計が求められるようになり、賞与に頼らない制度の再構築が進んでいます。

(4)法定福利費の見直し

賞与には厚生年金・健康保険・雇用保険といった法定福利費(社会保険料)が加算されます。支給額が変動するたびに事務手続きが発生し、企業の事務負担も大きくなります。一本化により保険料算定が一本化され、効率化されるという利点もあります。

3. 従業員への影響とは?

企業にとってはメリットの多い一本化ですが、従業員側にはどのような影響があるのでしょうか。

■ メリット

  • 毎月の給与が増加し、生活設計が安定する
  • 収入が一定になるため、住宅ローンやクレジット審査で有利
  • 一時的な賞与減額のリスクがなくなる

■ デメリット

  • 年末調整や住民税に影響(賞与が給与に変わることで課税タイミングが変わる)
  • 成果を上げても、「ボーナスで報われる」仕組みが薄れる
  • やる気の原動力が弱まる可能性(インセンティブが明確でない場合)

従業員の納得を得るためには、単なる一本化だけでなく、代替となる評価制度やインセンティブの導入が不可欠です。

4. 社会保険や税務上の注意点

給与と賞与を一本化する際には、社会保険・税務・労働法制にかかる影響を正確に把握する必要があります。

(1)標準報酬月額の算定に影響

賞与は「標準賞与額」、給与は「標準報酬月額」でそれぞれ社会保険料を計算します。賞与を給与に含めると、月額報酬が上がることで社会保険料の負担が増える可能性があります。

また、算定基礎届(毎年7月)に反映されるため、企業・従業員双方の保険料を再確認する必要があります。

(2)雇用保険料・労災保険料

雇用保険および労災保険は、「賃金」に基づいて料率が適用されます。一本化によって賞与支給がなくなりますが、年間での「賃金」に増減がなければ、年間保険料は同額となります。

(3)就業規則と賃金規程の改定が必須

賞与廃止および賃金体系の変更は就業規則の不利益変更に該当する可能性があるため、労働者代表への説明・同意を得て、慎重に進める必要があります。労働基準監督署への届け出も忘れてはいけません。

5. 社労士としての助言:導入前に行うべきステップ

給与と賞与の一本化は、企業文化や従業員の価値観をも左右する重要な制度変更です。導入には以下のステップが推奨されます。

【導入のステップ】

  1. 現状分析(年収総額・社会保険料・評価制度の整合性)
  2. 制度設計の見直し(固定給+業績連動インセンティブ等)
  3. 就業規則・賃金規程の改定案作成
  4. 従業員への説明会・個別面談
  5. 同意取得および労働基準監督署への届け出
  6. 試行期間または段階的導入の検討

また、評価制度やモチベーション維持施策の強化も並行して行うことが肝要です。

6. 今後のトレンドと企業への影響

働き方の多様化、パフォーマンス重視の人事制度への移行が進む中で、賞与という一時金の存在意義自体が問われ始めています。また、リスキリングや副業・兼業など新たな人材投資が求められる今、「柔軟な報酬制度」は企業競争力の要となります。

制度変更に際しては、従業員のモチベーションや福利厚生への影響を精査し、納得感ある説明と丁寧な制度設計が成功の鍵を握ります。

まとめ:賞与の廃止は“コストカット”ではなく“制度の進化”

 給与と賞与の一本化は、単なる賞与廃止やコストカットではなく、企業の報酬制度を現代の働き方や人材戦略に適応させる前向きな取り組みです。
 しかしその一方で、従業員の不安を取り除き、納得と共感を得るためには、法的根拠に基づいた制度設計と、丁寧な説明・対話が求められます。

社会保険労務士として、こうした変革の局面において、法令遵守と従業員満足の両立を支援することが、私たちの使命です。賞与制度の見直しや一本化を検討している企業の皆さま、どうぞお気軽にご相談ください。

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