企業の労務管理・人事制度・社会保険手続きの支援を行う専門家として、社会保険労務士(通称「社労士」)の役割が改めて注目されています。2025年6月18日に成立した「第9次社会保険労務士法改正」により、社労士制度の使命や業務範囲が法的に整理され、2025年10月1日施行の改正点も含めて、企業・人事労務担当者として押さえておくべき事項が増えています。
本稿では、改正概要を整理し、「労務監査」に焦点を当てて、企業が取るべき対応ポイントを解説します。
1.改正の背景と目的
少子高齢化、働き方の多様化、企業における人的資本への注目など、社会・経済環境が急速に変化しています。政府・厚生労働省も、労働・社会保険制度の適正な運用、働き手の尊厳や多様な人材の活用を重要課題と位置づけています。
こうした中で、社労士に期待される役割も「単なる手続き代行」から「企業の人・組織・働き方を支える戦略的パートナー」へと拡大しています。改正法では、社労士の使命を明文化し、業務範囲に「労務監査」を明記することで、労務リスクを未然に防ぐ仕組みづくり支援を法制度として担うことになりました。
2.主な改正ポイント
改正法の中で、企業にとって影響が大きいと思われる主なポイントを以下に整理します。
(1)使命規定の新設
改正法により、社労士法第1条に「社労士の使命に関する規定」が新設されました。「社労士は、労働及び社会保険に関する法令の円滑な実施を通じて、適切な労務管理の確立及び個人の尊厳が保持された適正な労働環境の形成に寄与することにより…」という文言が追加されています。
この規定によって、社労士の役割が「手続き代行者」から「社会・企業・働く人を支える専門家」へと制度的に位置づけられました。
(2)「労務監査」業務の明記
最も重要な改正のひとつが、社労士の業務に「労務監査」が明記された点です。改正法では、社労士業務として「事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項に係る法令並びに労働協約、就業規則及び労働契約の遵守の状況を監査すること」が含まれました。
つまり、企業が労働法令違反や就業規則未整備、社会保険手続ミスなどによりリスクを抱えないよう、社労士が第三者視点でチェック・改善提案できる法的枠組みが整備されたのです。
(3)裁判所への出頭・陳述の規定整備
改正法では、社労士が裁判所・労働審判等の場で「出頭・陳述」することに関する規定も整備されました。これにより、労使紛争や労働審判の場面で、社労士が補佐人として意見を述べる機会が法的に明確化されました。
(4)名称使用制限の明確化
「社労士」「社労士会」「社労士法人」といった名称の使用制限に関して、改正法では類似名称の例示が明記されました。これにより、無資格者による名称使用防止、専門家としての信頼確保が図られています。
(5)施行時期
改正法の成立は令和7年6月18日ですが、条文によって施行時期が異なります。特に「労務監査」が含まれた業務範囲の整備については 令和7年10月1日 から適用とされています。
3.「労務監査」のポイントと企業が押さえておくべきこと
改正により社労士の業務として法的に明記された「労務監査」。企業としてこの制度をどう活用・対応すべきか、具体的なポイントを整理します。
(1)労務監査とは何か?
労務監査とは、企業の労務管理体制、就業規則・労働契約・社会保険手続・賃金支払・労働時間管理・マイナンバー・ハラスメント対応など、労働社会保険関係法令が守られているかをチェックし、改善点を提案するプロセスです。
改正法では社労士の業務に明記されたため、企業は社労士に対して監査を依頼することで、法令遵守とリスク低減を図りやすくなります。
(2)企業が監査を依頼すべき主なタイミング
- 創業・会社設立直後、就業規則を整備するタイミング
- 定年延長・再雇用制度・働き方改革対応など制度変更時
- 労働時間・休暇制度・ハラスメント制度の見直し時
- ISO取得・株式上場準備・M&Aに向けた”ヒト”の整備が必要なとき
(3)監査でチェックすべき主な項目
- 労働契約書・就業規則・賃金規程等の整備と届出状況
- 労働時間管理・36協定・残業代計算の適正性
- 有給休暇管理・育児・介護休業制度の運用状況
- 社会保険・雇用保険・労災保険の資格取得・喪失・算定・月変の手続き
- ハラスメント防止規定・相談体制・実績の有無
- マイナンバー・個人情報保護・管理体制
- 労働者派遣・有期契約・外国人労働者の雇用管理
(4)監査実施後に必要な対応
- 改善すべき点をリスト化し、責任者と期限を明確にする
- 就業規則・規程の改定・届出を行う
- 社内周知・管理職研修を実施し、風土・運用を改善
- 定期的に「フォローアップ監査」を実施し、持続的な対応体制を確立
4.改正が実務に与えるインパクトと企業の対応策
(1)社労士の役割変化
改正法により、社労士が担う役割は以下のように変化・拡大します。
- 手続き代行から「労務リスク予防のコンサルタント」へ
- 労務監査を通じて企業のガバナンス向上を支援
- 労使紛争やハラスメント事案における相談・補佐人としての出頭機会拡大
企業経営者は、単に“手続きをお願いする相手”から“経営視点で助言できる専門家”として社労士を捉える必要があります。
(2)企業にとってのメリット
- 労務トラブル・法令違反リスクの低減
- 労働法・社会保険法令対応を経営の視点から整備
- 外部監査・上場準備・M&Aなどの際に「人的資本の整備済み」という強みとなる
- 社員の働きやすさ・定着率向上・ブランドイメージの強化
(3)企業にとっての留意点・準備すべきこと
- 監査を受けるという視点から、日頃の書類・運用状況を整理しておく
- 就業規則・規程の“形だけ整備”ではなく、実際の運用が制度に合致しているか確認
- 社内体制(担当者・責任者・運用フロー)を見直す
- 社労士・税理士・司法書士・弁護士など専門家と横断的に連携できる関係を作っておく
5.社労士監査が必須になるわけではないが“戦略的”には有効
改正法によって社労士の「労務監査」業務が法文化されましたが、すべての企業で社労士監査が法的義務になったわけではありません。
しかし、働き方改革・同一労働同一賃金・女性・障がい者・外国人雇用の対応など、企業が抱える労務の課題は増えています。
このため、予防的な観点から社労士による監査を活用することが“実務的なリスクマネジメント”として有効です。
6.まとめ
2025年10月1日施行の社会保険労務士法改正は、社労士の立ち位置・業務範囲に変化をもたらす重要な改革です。
特に「労務監査」が法的に社労士の業務に含まれたことは、企業のリスク管理・働き方改革対応において社労士を活用する価値を高める転換点となります。
経営者・人事担当者としては、以下を今から準備しておくことが重要です。
- 入社・退職・雇用契約・労働時間・社会保険手続きなど、日常業務の記録・書類を整備しておく
- 就業規則・賃金規程・休暇制度・ハラスメント対応などを定期的に見直し、運用実態にあっているかチェック
- 定期的な“労務監査”を視野に入れ、社労士との連携を検討する
- 労務リスクが顕在化した際には「外部専門家(社労士・弁護士等)を交えた対応」体制を構築しておく
当事務所では、法改正対応・就業規則改定・労務監査支援・人事労務体制構築をトータルでサポートしております。
「どこから手をつけていいかわからない」「労務リスクを見える化したい」「働き方改革にどう対応すべきか迷っている」という経営者・人事担当者の方は、ぜひご相談ください。

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